脊髄腫瘍(脊髄髄内腫瘍、脊髄髄外腫瘍、馬尾腫瘍)
脊髄腫瘍の概念と概要
概念
脊髄腫瘍は、脊髄ならびにそれに連続する後根・前根、および馬尾に発生した原発性腫瘍をいうが、脊髄にできる動静脈奇形(arterio-venous malformaion;AVM)や腰仙椎部にできる奇形性腫瘍である脂肪腫もその統計に含むことが多い。
頸髄腫瘍は、大後頭孔部から頸・胸移行部までに発生した腫瘍を含むので、症状が多彩であるばかりでなく、麻痺が起こると四肢麻痺となるので早期に診断と治療がなされねばならない。
近年、水溶性造影剤とそれに続くCTM(computed tomography after myelography)の普及、さらに最近はMRI(magnetic resonance imaging)の開発により脊髄腫瘍の診断は容易になりつつあり。とくにその横断面上の診断は、神経学的所見からは想像もつかないほどの広がりをみせることも少なくない。
脊髄腫瘍ならびに頸髄腫瘍の頻度と占拠高位
脊髄腫瘍の発生頻度は、欧米では人口10万人当たり0.9〜2.5人で、脳腫瘍の3分の1から10分の1の頻度といわれている。わが国ではそのような統計はないが、1929年から1988年の間に○○病院で手術的に確認した脊髄腫瘍は310例である。以下その症例を中心に脊髄腫瘍における頸髄腫瘍の位置付けにつき述べる。
脊椎における発生高位は記録のはっきりした294例中、頸椎部が101例(34%)、胸椎部が118例(40%)、腰仙椎部が75例(26%)であり、欧米における頸椎部腫瘍の頻度15〜25%に比しやや高くなっている。一方、頸椎部の101例中、C2/3より頭側に発生したいわゆる上位頸髄腫瘍は23例で、頸髄腫瘍の23%、全脊髄腫瘍の8%と少なくなかった。
脊髄横断面に対する腫瘍の位置は、硬膜内外腫瘍とも腫瘍の背側に偏在する例が約半数であった。これは最も頻度の高いneurinomaが脊髄後根から発生することが多いからである。
性別
性別については内外の報告とも男性が若干多いが、自験例では男性179例(58%)、女性131例(42%)と3:2の比率であった。
年齢
手術時年齢でみると脊髄腫瘍は幼児から高齢者までに広く分布する。とくに30歳代が22.6%と多く、20歳代から50歳代までで75%とその大多数を占めていた。頸髄腫瘍のうち15歳以下は7例(21%)、61歳以上は9例(33%)をその他の高位と大差はなかった。
占拠横断位
脊椎、脊髄の横断面上の腫瘍の占拠部位は髄内、硬膜内髄外、硬膜外の3型に分類し、それとは別に砂時計腫(dumbbell型)を区分する。砂時計腫の正しい部位診断はCTが普及するようになって可能になったもので、その占拠部位により@硬膜内外、A椎間孔内外、B硬膜・椎間孔内外の3型に分けられるが、脊髄造影所見により便宜的には硬膜内髄外か硬膜外に分類されることが多い。
さらに馬尾神経腫瘍は硬膜内髄外に、腰椎仙部の奇形性脂肪腫は硬膜外に分類すると、自験例294例中、髄内51例(17%)、硬膜内髄外158例(54%)、硬膜外85例(29%)であった。このうち砂時計腫の診断が可能になったと思われる1963年以降の225例を対象にその発生頻度をみると、頸椎部では78例中39例(50%)、腰椎部92例中11例(12%)、腰仙椎部55例中15例(27%)であり頸髄腫瘍にその頻度が高いことが分かる。とくに上位頸椎部では23例中15例(65%)と多く、上位頸髄腫瘍をみたらまず砂時計腫でないかと疑ってかかるべきである。
病理学的組織診断
原発性脊髄腫瘍の組織学的診断ではneurinoma(neurilemoma、neurofibroma)が最も多く、次いでmeningioma、glioma(ependymoma、astrocytoma、neuroblastoma、oligodendroglioma、medulloblastomaなど)となり、ほかに血管性腫瘍(haemangioblastoma、AVM)、奇形性腫瘍(epidermoid、dermoid、teratomaなど)があり、悪性腫瘍としてはsarcomaのほかにchordomaを含む報告が多い。自験例ではneurinomaが53.6%と圧倒的に多く、meningiomaは7.7%とやや少なかった。
脊髄腫瘍の発生頻度
わが国ではneurinomaが約半数を占めているのに対し、欧米ではmeningiomaが同等に多くなっている。
Slooff,et al | Leibowitz,et al | 大島 | 戸山ほか | |
(1964) | (1971) | (1981) | (1988) | |
神経鞘腫 (neurinoma) |
29.0% | 25.6% | 48.2% | 53.6% |
髄膜腫 (meningioma) |
25.5% | 27.8% | 14.9% | 7.7% |
神経膠腫 (glioma) |
22.0% | 12.2% | 14.2% | 13.8% |
血管性腫瘍 (vascular tumor) |
6.2% | 8.9% | 11.3% | 8.8% |
類上皮腫、類皮腫、奇形腫、嚢腫 (epidermoid、dermoid、teratoma、cyst) |
1.4% | − | 7.8% | 8.7% |
肉腫 (sarcoma) |
11.9% | − | − | 2.2% |
脊索腫 (chordoma) |
4.0% | 1.1% | − | − |
その他 | − | 24.4% | 3.6% | 5.2% |
合計 | 100% | 100% | 100% | 100% |
初発症状 | 頻度 |
疼痛 | 68.1% |
知覚障害 | 10.6% |
運動障害 | 16.6% |
知覚+運動障害 | 2.1% |
膀胱直腸障害 | 2.6% |
検査および画像診断
髄液検査
四肢麻痺の患者に対しては、まず腰椎穿刺による髄液検査を行い脊髄のくも膜下腔に通過障害がないかを診断する通常L4/5間に針を刺入し、まず液の性状をみ、髄液圧を測定後クエッケンステット(Queckenstedt)現象の有無を観察する。髄液が黄染していれば、蛋白の量の増加を示しキサントクロミー(xanthochromia)といいくも膜下腔の通過障害の存在を示す。
採液後室温に放置しておくと液が凝固することがあり、これはフロアン(Froin)徴候とよばれるが、頸髄腫瘍ではまずみられない。髄液圧は60から50mmH2O程度であるが、両側の頸静脈を圧迫し液圧の上昇と圧迫の除去により速やかに液圧の下降がみられれば正常である。液圧の上昇がみられないときにはQueckenstedt現象陽性となり、針刺入部より頭側のくも膜下腔に通過障害が存在することを示し脊髄腫瘍も疑われる。
採取した髄液は、蛋白量、糖量、Cl量、グロブリン反応、細胞数その性状などの検査に摘出する。頸髄腫瘍の存在を示唆する髄液所見を表3に示す。
表3 脊髄腫瘍の存在を示唆する髄液所見
下記所見は腫瘍が尾側にあるほど強くなるので、頸髄腫瘍の場合は蛋白量の増加の程度が低いことが多い。
1.排液がないかごく少量 |
2.髄液が黄色を呈する(xanthochromia) |
3.Queckenstedt現象が陽性 |
4.髄液中の蛋白量が50mg/dl以上に増加する |
5.髄液のNonne−Apelt反応が陽性 |
6.蛋白細胞解離(蛋白量増加するが、細胞数は増えない)がみられる |
単純X線および断層撮影
脊髄腫瘍により脊髄麻痺があるときにはまず単純X線撮影が行われる。ごく小さな腫瘍のときはX線上異常がないことがあるが、ほとんどの場合はよく観察すると、なんらかの異常がみつかるものである。側面像では、生理的前彎の消失や後彎変形の有無を観察する。続いて椎体の輪郭を追うと後縁の陥凹が、すなわち脊柱管の前後径の拡大(頸椎では18mmくらいまでが正常)がみられることがある。正面像では、椎弓間根の変形、狭小化、消失などがみられる。しかし頸椎ではもともと椎弓根陰影がはっきりしないことが多いので、必要に応じて断層撮影を行うべきである。左右の椎弓根の間の距離を各椎体高位で測定しElsberg−Dyke曲線上にプロットする。正常の範囲を超えて値の大きい高位があれば同高位に脊髄腫瘍の存在が疑われる。日本人用には、土田の測定した平均値の±2SD値を正常範囲として用いるとよい。しかし、小児の場合は値がことなるのでSimrilらの測定値を使用するとよい。斜側面像で椎間孔の拡大がみられれば、腫瘍が同部におよんでいることを示すのでdumbbell型腫瘍が疑われる。
表4 脊髄腫瘍を疑わせる単純X線所見
頸髄腫瘍では砂時計腫が多いので、斜側面像で椎間孔の拡大はしばしば認められる。
側面像 | 1.後彎変形 |
2.椎体後縁の陥凹 | |
3.脊柱管全後径の拡大 | |
正面像 | 1.側彎変形 |
2.椎弓根の狭小化、消失 | |
3.椎弓間距離(Elsberg−Dyke曲線) | |
斜側面像 | 1.椎間孔の拡大 |
@矢状画像での脊髄腫大像と腫瘍の上下の広がりの診断。 |
AependymomaはT1、T2強調像とも脊髄に比し等〜低信号となることが多いが、astrocytomaではT1、T2強調像とも高信号となることがある。 |
B脊髄空洞症との鑑別(脊髄空洞症ではT1強調像で低信号となる) |
C血管性腫瘍では、血流の早さにもよるが無信号となることが多い。 |
@脊髄と腫瘍との位置関係の診断。 |
AneurinomaはT1強調像で低信号、T2強調像で高信号となることが多い。meningiomaではT1、T2強調像とも等信号となる。いずれの腫瘍でもGd−DTPAを使用すればT1強調像でも腫瘍は高信号となる。 |
B脂肪腫はT1強調像で高信号となるのが特徴である。 |